明日が見えるサプリな電子本や書籍のおすすめサイト

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世の中、最近ほんとに難しい。ニュースを見ていても、心が温かくなるようなものは何もない。なんか世の中殺伐としてる。
 みんなくだらない番組を見て、憂さを晴らしてる感じですな。「騙されたら、あきません!」勉強せなあきません。
「明日が見えるサプリな電子本や書籍のおすすめサイト」では、皆さんにとって、元気の出る、明日が見える、あなたのサプリになるような本を紹介します。
忙しいが、毎日が疲れているあなたがちょっとでも元気になればという思いです。

カテゴリ: 書評

新装版 「漢字学」 
- 「説文解字」の世界- (東海大学出版会 阿辻 哲次著)
 説文解字とは、後漢時代(紀元100年のあたり)に許慎と言う人物が完成した文献である。この書は漢字学の原典中の原典である。古今東西、中国、日本のすべての漢字学の学者はこの本から出発しているといっても過言ではない。甲骨文字が19世紀の末に発見され、許慎の時代には知るべくもなかった「甲骨文字」の研究が進み、漢字学が飛躍的に発展を遂げた。
 本書はその説文解字を真正面に据え、説文解字の時代にはなかった甲骨文字から得られた知見を加え、われわれに新しい世界を示してくれた好著である。少し読みづらいかも知れないが、漢字にどっぷり浸かっている日本人には一生に一度は手にとっていいものではないだろうか。

「脳が壊れた」(鈴木大介著、新潮新書 2016)  この世に生を受けて、ずーと一貫して「ええ格好し」を通してきた自分にとって最も恐ろしいことは、認知症になることや自分が壊れていくことである。最近特に物忘れが激しいと自覚するようになってきて、常に認知症になっているのでは、という恐れが付きまとっている。体は特に悪いところはないだけに、頭の病気だけにはかかりたくないというのが、最大の希望である。
 そのような時に、新聞広告でこの本の発売を知りすぐさまアマゾンに申し込んだ。
 今までこの手の本は読んだことはあるが、実際に「脳が壊れた」本人が自分の「壊れた脳」で、自分の手を使って書いた本というのは、見たことがない。ある意味「死後の世界を見てきました」という体験記?と変わらない眉唾物かと思いきや、これは違う。実際に壊れた脳をほぼ元通りの機能に作り変え、この世に戻ってきた体験記だ。大いなる勇気をもらった!
 「感情失禁」という言葉があるのを初めて知った。自分は近頃「涙もろくなってきた」と考えていたものが、実は認知症の一つの現れであることを知り、「ここまで来ているのか」とある意味愕然とした。また「高次脳機能障害」についてもしかりである。
 作者が死の淵から帰ってきて、健常者と変わらぬところまで機能を回復させたという事実に驚くと同時に、闘病生活をその内面から見て「文字化」した功績は実に素晴らしいと思う。改めて、脳梗塞、脳が壊れるとはこういうことかと思い知ることとなった。
 3番目にリハビリに過程で見せた療法士の人たちのすばらしさに感心した。最近テレビなどで「日本の名医」と医者ばかりがクローズアップされることが多いが、この人々の存在はもっともっと評価していいのではないかと感じる。

「諸葛孔明 下巻」(陳舜臣著、中公文庫)  陳舜臣は中で、「張温が感動を受けたのは、諸葛孔明の施政であった。ひとことでいえば、それは「大徳」の政治であり、「小恵」を施さないのである。(ここで張温とは四川省の山岳地帯に住んでいた少数民族の首領であり、孔明とたびたび戦い、最後は心服して孔明に仕えた)
 ・・歳貢の額を減らして住民の人心を買おうとするのが「小恵」であり、歳貢の額を地やしても、住民のために生産を地強させるのが「大徳」なのだ。信賞必罰も、孔明施政の特色である。そこにひとかけらの情実も介入できない。罰を受けた人も、孔明を怨むことはなかった。誰にたいしても公正であったからだ。」と言っている。もちろんこれは小説の世界ではあるが、今に残る史実からも諸葛亮の施政を彷彿とさせるものがある」と。 ただし今と価値観も違うし、時代も違いすぎる。孔明が今の世でも正しいというわけではないが、言いたいのは彼の政治姿勢だということだ。
 後の歴史家による誇張もあるかもしれないが、彼は、一貫して粗末な家に住み、身奇麗にして暮らしたという。そして死後財産を整理したところ、財産があまりに少なく、これが一国の丞相かと周りを驚かせたという。
 どこかの首相や知事とえらい違いだとつい思ってしまう。

「街道をゆくー中国・蜀と雲南のみち」(司馬遼太郎著、朝日文芸文庫1998年第12刷) この本は司馬遼太郎の街道をゆくシリーズの一部を構成するものだ。氏は特に中国をくまなく踏破した最も人気のあある小説家である。
私はこの本で彼が言いたかったであろうことを三つに整理してみた。
 ① 巴・蜀という地方の中国における地政学的な位置づけ
 ② 孔明の治世と蜀の発展
 ③ 古代民族の末裔と少数民族

 今回はこのうち1番についてのみ触れる。

 巴蜀は中国の西南に位置する広大な地域のことを言い、この地方には漢民族の祖となる民族である「羌」が長い間強大な勢力を誇っていた。この地域は中原から遠く離れ、しかも峻険な山々に遮られ、長い間いわば人跡未踏の地として中原の権力からは放置?されてきた。

 しかしながら、この地は早くから稲作が行われて、長江文明が芽生え、稗、粟を主食とした黄河文明よりも古くさえあった。
 この蜀が中国の歴史に登場するのは秦の始皇帝の2代目恵文王の時、中原に打って出るか蜀を手に入れるべきかの選択で蜀に白羽の矢が立てられ、戎狄を追い払い蜀を支配下におさめている。
 秦は蜀の太守である李冰親子に命じ岷江の治水工事を完成させ、荒ぶる大河にいくつかの堰を設け、内江と外江に分け、内江の水を四川盆地に導き、外江の水は長江に灌ぎいれた。しかも内江の水があふれたときは外江に流すように調整するなどし、四川盆地を肥沃な穀倉地帯に変えた。
 ② 劉備玄徳、諸葛亮孔明はこの地をさらに発展させ、この経済力を背景に魏や呉を脅かした。彼は蜀の桟道を設け、非常に危険な桟道ではあるが、蜀への道を整備した。さらに孔明の優れた治世により成都は蜀亡き後も大きく栄えている。
 蜀は南にヒマラヤ山系で他と隔絶し、地域内を流れる4つの大きな河、峻険な山々そして肥沃な四川盆地を抱えかつその面積はおおむねスペインに匹敵するという広大な面積を有する天然の要衝であり、穀倉地帯でもある。
( 続きは次回をお楽しみに下さい) 

 孔明の治世と蜀の発展  前回の「①巴・蜀という地方の中国における地政学的な位置づけ」に続き、今回は「② 孔明の治世と蜀の発展」に迫ります。本の紹介文にしては、少したいそうなタイトルであるが、蜀の地を知るためには、どうしてもこのようになってしまう。
 孔明という人は中国の中でも、絶大な人気を誇る歴史上の人物だが、司馬遼太郎はこの本の中で35ページも割いて劉備と孔明に触れている。蜀について書こうとするなら、この二人の歴史上の人物について触れないわけにはいかない。それ位彼らが四川省に残した功績は大きいということだろうか。彼らの人気特に孔明の人気の秘密の理由はどこにあるだろうか。私はこの本を読んで下記のいくつかの理由を考えてみたが、皆さんはどうでしょうか?

① その非凡なる才能・頭脳明晰なることこの上なし
② 清廉潔白であること。(丞相となってからも、粗末な家に住み、一切私財を蓄えなかった
③ 誰彼なしに区別なく誠実に対応した
④ 常に自分のことは第2、第3に置き、職務を全うした
⑤ 奢ることなく、腰低く、媚びたり阿ることなく、ぶれることもなかった

 これらは「三国志演義」の受け売りで、その実像は知る由もないが、どこかの国の首相や知事とはえらく違うものだ。まるで月と鼈、天地の差 ・ 天地ほどの差 ・ 天と地ほどの差 ・ 雲泥の差 ・ 天と地の違い ・ 天と地の差 ・ 大人と子どもほどの差 ・ 圧倒的な差 ・ 天と地くらいの差 ・ 大差 ・ 大違い ・ 雲泥万里 ・ 大人と赤子 ・ 鯨と鰯 ・ 雪と墨などなど数え上げたらきりがない。ウルグアイの元大統領とどこかの国の首相とぐらいの違いは余裕で有る。これが歴史を知るということなのか。今更ながらその認識を新たにした。
 彼は治世で人々の生活を潤したばかりではなく、人々の生活の細かい部分にまで改善を促している。今でも四川省で使われているという一輪車(木牛流馬)を妻と一緒に発明したと言われる。これは四川省のような山道の多いところでは非常に重宝するものであるらしく、どんな狭い道でも、一台に米にして3石程度の荷物を運んだとされる。そしてそれは実戦でも使われたことが三国志には書かれている。
 この三国志という歴史書を書いたのは陳寿という、孔明とは時代的にもつながりが深い人物であったことも、この本で初めて知った。 
 孔明は死ぬまで蜀のために一身をささげ五丈原というところ没するが、死後約2千年たった今でも人々から敬愛されている。
 さてこの私もここまで来て劉備と孔明が合祀されている廟を紹介したサイト「武侯祠」に皆さんと一緒に尋ねてみたい。南京の孫文の墓(中山廟9ほど大きくはないが、静かでしっとりとした落ち着いた雰囲気の祠である。

 蜀の都、成都にはもう一つ杜甫が一時人生で最も平安な生活を営んだ庵がある。それが杜甫草堂であり、成都はこの二つの史跡を抜かしては語ることができない。
 草堂自体も雰囲気があっていいところだが、この草堂に至る街路には杜甫の詩を埋め込んだペーブメントがあり、一層詩情を掻き立てる。
 「しっとりと杜甫草堂に夏の雨」 まさに成都にふさわしい庵である。

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