「諸葛孔明 下巻」(陳舜臣著、中公文庫)  陳舜臣は中で、「張温が感動を受けたのは、諸葛孔明の施政であった。ひとことでいえば、それは「大徳」の政治であり、「小恵」を施さないのである。(ここで張温とは四川省の山岳地帯に住んでいた少数民族の首領であり、孔明とたびたび戦い、最後は心服して孔明に仕えた)
 ・・歳貢の額を減らして住民の人心を買おうとするのが「小恵」であり、歳貢の額を地やしても、住民のために生産を地強させるのが「大徳」なのだ。信賞必罰も、孔明施政の特色である。そこにひとかけらの情実も介入できない。罰を受けた人も、孔明を怨むことはなかった。誰にたいしても公正であったからだ。」と言っている。もちろんこれは小説の世界ではあるが、今に残る史実からも諸葛亮の施政を彷彿とさせるものがある」と。 ただし今と価値観も違うし、時代も違いすぎる。孔明が今の世でも正しいというわけではないが、言いたいのは彼の政治姿勢だということだ。
 後の歴史家による誇張もあるかもしれないが、彼は、一貫して粗末な家に住み、身奇麗にして暮らしたという。そして死後財産を整理したところ、財産があまりに少なく、これが一国の丞相かと周りを驚かせたという。
 どこかの首相や知事とえらい違いだとつい思ってしまう。